フランス発祥の認知症ケアとして世界的に注目されているのは、「ユマニチュード(Humanitude)」という技法です。
この技法は、1970年代にフランスの体育学学士であったイヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティの二人によって開発されました。単なる「介護術」ではなく、「あなたは大切な人間である」というメッセージを伝えるためのコミュニケーション哲学です。
ユマニチュードの概要は前回記事をご覧ください↓
今回は、ユマニチュードを実践するための「魔法の声かけ(オートフィードバック)」のコツと、スムーズにケアに入るための「5つのステップ」について詳しく解説します。
1. 驚くほど伝わる「話し方」のテクニック
認知症の方は、言葉の内容(何を言ったか)よりも、「声のトーン」や「雰囲気」から情報を読み取る能力が高いと言われています。
「オートフィードバック」の実践
相手が反応してくれないとき、つい黙って作業をしてしまいがちですが、ユマニチュードでは「自分の動作を実況中継」します。
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やり方: 「今からタオルを持ちますね」「お湯がつきますよ、温かいですね」「右腕を拭きますね、綺麗になりますね」と、見ている光景や触れている感覚を言葉にし続けます。
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効果: 沈黙は不安を呼びますが、穏やかな声が響き続けることで「自分は今、大切にケアされている」という安心感に繋がります。
避けるべき「3つの言葉」
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否定形: 「~しちゃダメ」「歩かないで」
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命令形: 「座って」「食べて」
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問いかけの連発: 「何が食べたい?」「どこが痛い?」
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※問いかけは、返答を迫られるプレッシャーになるため、「~ですね」という肯定形で話すのがコツです。
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2. ご自宅でできる「ケアへの導入」5ステップ
介護を拒否されないためには、最初の数分間の「出会い」が最も重要です。以下の手順を練習してみてください。
| ステップ | 動作 | ポイント |
| 1. 存在を知らせる | 部屋に入る前に3回ノック | 突然現れて驚かせないための合図です。 |
| 2. 視界に入る | 正面から近づく | 視野が狭くなっているため、横や後ろから声をかけると恐怖心を与えます。 |
| 3. 目を合わせる | 0.5m以内で目線を合わせる | 相手が座っていたら自分も腰を落とし、しっかり数秒間見つめます。 |
| 4. 触れる | 肩や背中に広く触れる | 腕を掴むのはNG。優しく手を置くことで「味方である」ことを伝えます。 |
| 5. ケアを提案する | 穏やかに「~しましょうか」 | 1~4の手順で信頼関係ができてから、初めて本題に入ります。 |
3. もし拒否されてしまったら?(20分ルール)
「お風呂に入らない!」「着替えたくない!」と強く拒否された場合、無理強いは禁物です。
「感情の記憶」を大切にする
認知症の方は「何を言われたか」は忘れても、「嫌な思いをした」という感情だけは長く残ります。 無理強いすると「この人は嫌な人だ」という記憶が定着し、次からのケアがさらに難しくなります。
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対策: 「今はそんな気分じゃないですね。わかりました」と笑顔で引き下がります。
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リセット: 20分ほど時間をおいてから、再度全く同じ手順(ノックから)で訪問してください。脳の記憶がリセットされ、2回目には驚くほどすんなり受け入れてくれることが多々あります。
最初の一歩として
まずは、「ノックをして、正面から目を見て、10秒間実況中継しながら背中をさする」ということだけを、ケア以外の何げない時間(お茶の時間など)に試してみてください。
これだけで、ご本人の表情が和らぐのを感じられるはずです。
食事、着替え、おむつ交換は、毎日繰り返されるからこそ、お互いにストレスになりやすい場面ですね。
ユマニチュードの基本である**「オートフィードバック(実況中継)」と「ポジティブな言葉選び」**を組み合わせた具体的な声かけ例をご紹介します。
4. 食事、着替え、おむつ交換での具体的な声かけの例
食事、着替え、おむつ交換は、毎日繰り返されるからこそ、お互いにストレスになりやすい場面ですね。
ユマニチュードの基本である「オートフィードバック(実況中継)」と「ポジティブな言葉選び」を組み合わせた具体的な声かけ例をご紹介します
1. 食事:五感を刺激して「楽しみ」に変える
食事、着替え、おむつ交換は、毎日繰り返されるからこそ、お互いにストレスになりやすい場面ですね。
ユマニチュードの基本である「オートフィードバック(実況中継)」と「ポジティブな言葉選び」を組み合わせた具体的な声かけ例をご紹介します。
認知症の方は、目の前のものが「食べ物である」と認識しづらいことがあります。無理に食べさせるのではなく、美味しそうな情報を言葉で届けます。
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× 悪い例: 「ほら、ご飯ですよ。早く食べてください」
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◎ ユマニチュードの例:
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準備時: 「いい匂いがしてきましたね。今日のお味噌汁は出汁がよく効いていますよ」
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実況中継: 「ほうれん草の緑色が鮮やかですね。一口食べてみましょうか。シャキシャキして美味しいですよ」
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励まし: 「上手に召し上がっていますね。飲み込む音もしっかり聞こえましたよ」
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ポイント: > 「食べなさい」という命令ではなく、「美味しそう」「温かい」「良い色」といった感覚に訴える言葉を使い、本人の「食べたい」という意欲を引き出します。
2. 着替え:自尊心を守り「協力」を引き出す
着替えは、体が不安定になったり、無理に腕を引っ張られたりする恐怖を感じやすい場面です。
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× 悪い例: 「汚れたから着替えますよ!腕を伸ばして!」
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◎ ユマニチュードの例:
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提案: 「この青いセーター、〇〇さんにとてもよくお似合いですよ。着てみませんか?」
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動作の報告: 「今から右の袖を通しますね。ゆっくりですよ。はい、手が出てきました、上手です!」
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完了後: 「パリッとして気持ちがいいですね。とても素敵ですよ」
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ポイント: > 介護は「してあげるもの」ではなく、「一緒に行う共同作業」と考えます。できたことを「上手です」「助かります」と褒めることで、本人の自信に繋げます。
3. おむつ交換:羞恥心に配慮し「不快の解消」を伝える
最もデリケートな場面です。無言で行うと「何をされるかわからない恐怖」を与え、拒絶(BPSD)に繋がりやすくなります。
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× 悪い例: 「あらら、出ちゃいましたね。汚いから綺麗にしますよ」(※「汚い」は禁句です)
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◎ ユマニチュードの例:
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開始時: 「少し失礼しますね。冷えないようにタオルをかけますよ」
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実況中継: 「今から温かいおしぼりで拭きますね。温かくて気持ちいいですよ」
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不快の解消を強調: 「さっぱりしましたね。これでゆっくり休めますよ」
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ポイント: > 「汚い」などのネガティブな言葉は絶対に使いません。 あくまで「さっぱりして気持ちよくなるためのケア」であることを強調し、常に目線を合わせて安心感を与え続けます。
まとめ実践するための「コツ」
これらの声かけを行う際、「3秒以上、目を合わせ続ける」ことを意識してみてください。
言葉の内容が100%理解できなくても、「この人は私に優しく語りかけてくれている」という安心感(感情の記憶)が残り、次のケアがぐっとスムーズになります。


